2006年10月02日
秋の京祭り 地元伏見の「御香宮神幸祭」
こんにちは。京つうスタッフのムーミンパパです。
京都の町も日を追うごとに秋めいてまいりました。
さて、今回の月刊「京つう」マガジンでは新しい取組みとして、リレー方式でスタッフ同士がブログをつないで行こうと少しムチャな企画を立上げました。
「秋の京都」を題材にタイトルも決めずスタッフが独自の観点から秋の京都を紹介していき、最後に次のスタッフにブログのテーマを与え、そのテーマにそって指名されたスタッフがブログをあげて行くという難題にチャレンジしていく企画です。
チョット意地悪なテーマを次にリレーしたりと、どんなハプニングが起きるか、スタッフ自身も想像がつかず戸惑いの色も隠せません。陰で密約を交わす者、事前にテーマを聞きだそうとする者などスタッフも神経を使いだしてきています。
どうか、ブログを読まれた方も温かく展開を見守って頂ければとお願いします。
では、最初に私は「秋の京祭り」として地元伏見の「御香宮神幸祭(ごこうのみやしんこうさい)」をご紹介していきます。
◎御香宮神幸祭:2006年9月30日~10月8日

室町時代の風流傘の伝統を今に伝え「花傘まつり」といわれる洛南の大祭。別名「伏見祭」。花傘総参宮に始まり、武者行列、神輿宮入などが催されます。

一般には”ごこうのみや”ですが、”ごこうぐう”とも云われたりします。
社伝によれば、当初は「御諸(みもろ)神社」と称していたけれど、平安時代の貞観四年(862)の9月9日に境内か「香」の良い水が湧き出て、飲めばたちどころに病も治ったことから、清和天皇より「御香宮」の名を賜ったとあります。


「伏見祭」とも呼ばれる10月の神幸祭は、伏見九郷の総鎮守の祭礼で洛南随一の大祭。

京都の南、伏見桃山に在る。本殿は、慶長10年(1605)徳川家康の命によって建立された。名の由来である御香水は、名水100選に認定されている。庭は、小堀遠州が伏見奉行のとき奉行所内に作った庭園の石を用いて、中根金作が作庭した遠州ゆかりの庭となっている。小堀遠州は、後に各地に多くの庭園を造ることになった。

●さて、次のブログテーマですが、祭りと云えば京都3大祭りの一つである「時代祭り」がこの10月に実施されますが、次のブログ担当スタッフのチャリーさん「時代祭り」をテーマにブログをあげてください。
さてこのテーマって難問ですか?
京都の町も日を追うごとに秋めいてまいりました。
さて、今回の月刊「京つう」マガジンでは新しい取組みとして、リレー方式でスタッフ同士がブログをつないで行こうと少しムチャな企画を立上げました。
「秋の京都」を題材にタイトルも決めずスタッフが独自の観点から秋の京都を紹介していき、最後に次のスタッフにブログのテーマを与え、そのテーマにそって指名されたスタッフがブログをあげて行くという難題にチャレンジしていく企画です。
チョット意地悪なテーマを次にリレーしたりと、どんなハプニングが起きるか、スタッフ自身も想像がつかず戸惑いの色も隠せません。陰で密約を交わす者、事前にテーマを聞きだそうとする者などスタッフも神経を使いだしてきています。
どうか、ブログを読まれた方も温かく展開を見守って頂ければとお願いします。
では、最初に私は「秋の京祭り」として地元伏見の「御香宮神幸祭(ごこうのみやしんこうさい)」をご紹介していきます。
◎御香宮神幸祭:2006年9月30日~10月8日
室町時代の風流傘の伝統を今に伝え「花傘まつり」といわれる洛南の大祭。別名「伏見祭」。花傘総参宮に始まり、武者行列、神輿宮入などが催されます。
一般には”ごこうのみや”ですが、”ごこうぐう”とも云われたりします。
社伝によれば、当初は「御諸(みもろ)神社」と称していたけれど、平安時代の貞観四年(862)の9月9日に境内か「香」の良い水が湧き出て、飲めばたちどころに病も治ったことから、清和天皇より「御香宮」の名を賜ったとあります。
「伏見祭」とも呼ばれる10月の神幸祭は、伏見九郷の総鎮守の祭礼で洛南随一の大祭。
京都の南、伏見桃山に在る。本殿は、慶長10年(1605)徳川家康の命によって建立された。名の由来である御香水は、名水100選に認定されている。庭は、小堀遠州が伏見奉行のとき奉行所内に作った庭園の石を用いて、中根金作が作庭した遠州ゆかりの庭となっている。小堀遠州は、後に各地に多くの庭園を造ることになった。
●さて、次のブログテーマですが、祭りと云えば京都3大祭りの一つである「時代祭り」がこの10月に実施されますが、次のブログ担当スタッフのチャリーさん「時代祭り」をテーマにブログをあげてください。
さてこのテーマって難問ですか?
Posted by 京つうスタッフ at 14:02│Comments(0)
│'06年10月号☆秋の京都○○○